第17話 とても悲しくて悔しいお話

これは、不思議な話でも当たり前の話でもなく、悲しいお話です。
ただ、15話の話を思い出すとどうしてもそれに続いて思い出してしまう話なのです。

オートバイショップに常連で出入りした事のある方なら雰囲気は判ると思うのですが、
オートバイショップと言うのは、誰が従業員で誰が常連客か分からなくなってしまっています。

常連の客がわがもの顔で店の中を自由に歩き自由に振る舞っています。
多分もとはと言えば
「なんだか、キャブの調子が悪いみたいなんですけど・・・」とか?
「ちょっとエアが少ないみたいなんで・・・」って客を
「ああ、ちょっと忙しいから自分でやんな・・ツールそこにあるから」って対応してる内に
「ねぇ、これ借りるよ・・」になってしまったのでしょうね。
でも、バイク屋ってのはどこでも一緒の様です。

僕はバイクも好きだったし、上野周辺のバイク街には安くて品数も多い店が多いのに、オーナーのRさんを慕って特に安くも無いウチの店までわざわざ来てくれる客もとても好きでした。
時々「北海道から来ました・・・」とか、
「長野から来ました」なんて人が来ると嬉しくて仕方が無かった・・・。
横浜から毎日通ってくれる人も結構いた♪

まぁ、オーナーがバイク業界ではちょっと知れた女性だったので常連客の殆どはカメラマン、レーサー、雑誌記者なんて不規則生活人が多く、そのせいもあって営業時間がどんどん延びていってしまった・・・。

本当は7時閉店なんだけど、7時と言うと普通の人は残業がやっと終わる時間で、帰り道でも無いのにわざわざウチの店に寄ってくれるとすれば9時頃になってしまう。
9時とか10時と言うと、メカニックが残業していたり僕が帳簿の整理をしていたりでどうせ人は残っているし、わざわざ寄ってくれた人を締め出す事も無いと思い店はそのまま開けていた。
10時頃には身内で近所の吉野屋に夜食を買いに行くのだけど、店の中をウロウロしてる常連客の分まで注文を聞いて買出しに行ってみんなで夜食会(笑)。
すると、10時頃からやってくる人も現れ始め、みんな帰るのは夜中の1時過ぎ・・・・。

「あのぅ・・・ちょうどそこでパンクしちゃって押して来たんですけどまだ開いてるんですか?」 なんて奴が真夜中にやって来たりして、
「今日はもう終わり。自分で勝手に直しな。工具はその辺にあるし・・解らなくなったら聞きなよ・・・。」
「メカニックは忙しいから邪魔しないようにその辺に居る奴(常連客)に聞きな・・・・」 なんて毎日で、
結局みんな帰ってから溜まった書類整理をしてやっぱり帰宅は明け方・・・。

近所のセントバーナードが突然店の中に飼い主を引きずって現れ、みんなでなでまわしたり引っ張ったり(笑)してるうちにその犬もすっかり常連になってしまって、
「いつも仕事中にお邪魔してすみません・・・。こいつがどうしても行きたいと言うもんで・・・」
と飼い主が恐縮しながらでっかいセントバーナードが週に2、3回夜中に遊びに来ていた頃もあった。

不思議な事に、フランス人やイタリア人、イギリス人、ドイツ人、しまいにはフィリピン大使館から公用でやってくる客まで常連になってしまった。

そんな常態で、狭い店の中がいつも人で一杯だったんだけれど、若い子も多少は出入りしていた。
近所の肉屋の息子とか、横浜の族の子とか、私立の工業高校に通う子とかが主だった若い常連だった。
工業高校に通うA君は、学校の帰りに学生服のままで真っ直ぐウチにやって来て、Tシャツと学生ズボンで店を手伝ってくれていた。
たまに、昼頃やって来るから
「お前、今日学校は?」なんて聞くと
「今日は、開校記念日なんすよ・・・」なんて言って、いつも夜も結構遅くまで店でウロウロしていた。

あんまり毎日来るんで、ちょっと心配していた頃、オートバイには全く縁の無さそうな年配の女性がA君と一緒にやって来た。
『ヤバ〜っ・・・(汗)』これはてっきり母親が苦情を言いに来たと確信した。

『いくら本人が自分から勝手にやってる事とは言え、バイト料も払わず牛丼食わせるだけで青少年を遅くまでこき使ってるしなぁ・・・』
『でも、ウチ(俺)は何も悪い事はしてないぞ・・・。ただ、社会一般の常識って奴があるしなぁ・・・』 と、
『どうやって穏便に済まそうか・・・・』
『謝る筋では無いのだけどここはとりあえず謝っておいた方が良いのかなぁ・・・・』とか?
A君の母親を前にしていろいろな事を考えていた。

そうしたらそのお母さんが風呂敷を開いてようかんの箱を出し、
「息子がいつもお世話になっています」
「よろしければ、みなさんで召し上がってください・・・」と僕の机の上に置くのです。

苦情対策をめぐらせていたのにすっかり拍子抜けした僕があっけに取られていると
「もっと早くに伺おうと思っていたのですが、この子が『そんな事すると恥ずかしい』と、どうしても教えてくれなかったものですから・・・」とおっしゃいます。
お母さんいわく、A君は、学校では問題児扱いされていて、先生達もあきれて相談に乗ってくれない。
家庭でも親にはろくに返事もしないし、すっかり父親との仲もこじれいつも喧嘩ばかりしている。
そんな子だったのだけれど、最近急に生き生きして来て、母親にも優しくなり、家の仕事を手伝ったり、父親にも笑顔で話しかけるようになった。
とても、以前のA君からは信じられない位明るく優しくなった。

でも、相変わらず学校はサボってるようで時々学校から電話が掛かって来たりするようなので、学校で何か良い事があったとは思えないし本人に聞いてみると、毎日バイク屋さんに通っているとやっと本人が言い出し、
「そこで会う人達との毎日が楽しくて仕方ない。」と言う。
そして笑顔で
「仕事を手伝わせてもらっているんだ・・・」と自慢げに母親に話すのだそうです。

「学校なんてどうでも良いのです。この子が自信を持って、あんなに生き生きと毎日を過ごし、私達にも優しく話しかけてくれるなんて今まで無かった事です。何かとお邪魔してると思いますが、この子の為と思って、どうかこれからもこのお店で使ってやって下さい」
「勿論お金はいりません。この子が満足して生きて行ってくれるだけで良いのです」 そう言って、お母さんは僕に頭を下げました。

涙が出そうでした。
僕らがかわいがっていたA君のお母さんが、こんなにA君の為に本当に良い道を考えてくれていて、A君は本当に幸せな奴だと思いました。
A君は僕らの店では素直で、優しくて、よく気が付き、人に気を使うとても良い子でした。
彼が問題児だったなんて事すら想像できない位です。
学校や家庭で問題があって、さじを投げられていたA君がウチの店ではあんなに素直で優しい子だったという事。
そして、それが学校や家庭でも素直でやさしいA君になって行ったという事。
お母さんがそれを理解して本当に喜んでくれた事と、お母さんが本当にA君の為を考えてくれている事。
それらの事がなんだかとっても嬉しかった。

それからオーナーのRさんとも話し、A君は正式に休学届をだして、ウチで(給料を払って)バイトする事になりました。
オートバイ乗りって結構頭のねじが外れてるのが多いのですが、スプリントレーサーでヘッドライトも何も付いていないTZを夜中の湾岸道路でテスト・ライドしたり、『店に飾るだけなら』と借りてきていた鈴鹿の8時間耐久でイタリアのレーサーが乗って優勝したS社のワークス・マシンを動かし始めたり・・・(うっ、書いて良いのかぁ・・)

それから僕は沖縄に泳ぎに行ってそれっきり数ヶ月過ぎました。
ある日、Rさんが旅行雑誌の取材で沖縄にやって来て、しかも同行のカメラマンのM氏は常連だった友人。
「今日しか時間無いのよぉ・・・」と突然やって来たRさんとカメラマン氏。

「すっかり冬になって寒くなったんだけど、こんなに長くなるつもりじゃなかったからTシャツ位しか持って来なかったし、何か暖かいもの持ってない?」
とRさんに尋ねると
「これしかないけど・・・」と言うRさんの着ているトレーナーを奪いながら、

「ねぇ、A君どうした?」と気になっていた話題を切り出した。
「死んじゃったのよ・・・」
「夜中に店のモトクロッサーを持ち出して真っ暗な川原に行って乗り回して、フロントが溝に落ちて頭から投げ出されちゃって死んじゃった・・・・」

何も言えなかった・・・。
信じたくなかったけれど信じるしかないし、
誰かを恨む訳にも責める訳にもいかなかった。
ただ、僕の体も心も硬直していた・・・・・。
そして、店にようかんを持って来てくれた日のお母さんのあの幸せそうな顔が浮かんだ・・・。
お母さん、後悔してるだろうか?
それとも、短い人生だったけど生き生きと暮らしたA君の最後の1年間を認めてくれるだろうか?

どっちが良かったんだろう?
A君にとって、そしてお母さんにとって・・・。
あんなにA君の事を理解してくれて、あんなにA君の事を思ってくれていたお母さんだから きっと、自分の中でものすごい葛藤が起きているに違いない。
A君の人生を思って悔しかったのと、A君のお母さんの事を思っていたたまれなかった。

「お葬式・・・行った?」
「うん・・」

なんであんないい子が死ななきゃいけないのか誰とも無く恨んだ。
これを書いている今も涙が出る程悲しい。
そして、これがあの一連の15話の結末だとしたら、そんなひどい話は無いと悔しかった。
そんな事があってはいけないと思った。
A君は短かったけれど最後の1年間はとても幸せに生きて、A君の運命に従って17歳で終わったんだって思いたい。
A君が事故で亡くなったのは、A君の運命だったんだって・・・。
彼は自分なりに一生懸命生きたんだって・・・。

 

目次へ戻る(新しいウインドウ)
目次へ戻る(新しいウインドウ)