第23話 不思議じゃないけどめったに無い話
その頃、僕は多分29歳か30歳だったと思う。
ルームメイトとちょっと大きめのアパート(2ベッド・ルーム)を借りて住んでいた。
職場で映画の話になって、仲の良かった同僚の女の子達と「その映画なら昨日ビデオで借りてきてまだ返してないからウチへ見に来る?」という事になり、まずどこかで食事をして、それからウチでビデオを観た。
仕事が終わってから、食事を済ませて、それからビデオを一本観たのだから多分12時近かったと思う。
彼女達は一台の車でやって来た。
ウチのアパートは住宅街にあって、ゲートも駐車場も住人しか入れない様になっている。
駐車場も住人しか入る事が出来ないので、彼女達の車はアパート前から50m位離れた路上に停めていた。
Tシャツにジーンズ、サンダル履きという軽装で、部屋の鍵だけをポケットに入れて彼女達を送りに外へ出た。
ウチのアパートの前はアパートの照明でかなり明るいのだけれど、50m離れるともうそこには光は届いていなかった。
「すごい露・・・」と彼女達の車の所有者の方が、トランクを開けてタオルを出してフロントガラスを拭き始めた。
そうなると、もう1人はさっさと車に乗る訳にもいかず、手持ち無沙汰に脇に立っている。
ポケットに両手を突っ込んで『エンジンかけてから、ワイパーではらえば・・・?』と思いながら、僕もやっぱり手持ちぶさたに歩道に立っていた。
ふと、何か嫌な予感がして、歩道の先を見てみると、何やら人影が歩いてくる。
『こんな夜中に、歩道を歩いている奴なんて・・・』
ちょっと警戒して、ちょっと身構えて、横目で見ながら彼が近づくのを待った。
彼が5m位に近づくと、手に1m位の棒を持っているのが見えた。
『この夜中に、棒を持って一人で歩道を歩いて、俺達の方へ向かってくる奴・・・・』
そう、判断すると、なんとなく彼が何をするつもりなのかが解った様な気がした。
『あーぁ・・・。痛てぇだろうなぁ・・・』
そう覚悟しながら、彼の方へ体を向けた。 あまり勝ち目があるとは思えなかったけれど、女の子二人が居て、男の僕が彼女達が安全に帰れる様に送りに来てる。
『まぁ、俺がもみ合ってる内に、彼女達が車で逃げるか、どこかの家に飛び込んで警察を呼んで貰うのを期待するしかないだろうな・・・』
そんな事を考えながら、『どれくらい痛いかなぁ?あの棒・・・鉄の棒かなぁ?・・・』 と、ちょうど僕が体を回して彼の方を向いた時に、彼は手に持っていた“
棒”を水平に持ち上げた。
次の瞬間に僕に見えたのは、サイド・バイ・サイド(横2連)の12ゲージショットガンの銃口が僕のみぞおちから15センチ程しか離れていない光景だった。
棒を持って人を襲う人間はたいていその棒を上から振り上げる。
振り向きざまに棒を振り回されたら、その棒を払える様にと思って腕を上に上げて攻撃を防ぐ準備をしていたのだけれど、その棒が、僕のどてっぱらに水平に向けられたのを見て、僕の両腕は無条件降伏の意味で上に上げざる負えなくなった。
『なんてぇこった・・・・』
おまわりさんには申し訳無いけれど、ちょうとねずみ取りで捕まった時に感じる程度の落胆だった・・・。
『なんだって、俺が・・・。今日に限って・・・』そんな気分だった。
でも、彼が「Give me money・・・」と言いながら銃を持つ手が震えているのが見えた時、『ヤバイ・・・・』と直感した。
緊張で引き金の指すら震えているこの少年は、多分僕が指一本動かしただけで、引き金を引くだろうなと思った。
12ゲージのショットガンってのは、ターミネーターで出てくるあのショットガンと同じ威力のショットガンです。
15センチや20センチの距離から僕のどてっぱらに2発続けて引き金を引かれたら、下手すると僕の胴体なんて上下にちぎれるかも知れない。
しかも、僕は一銭も持っていなかった。持ってるのは部屋の鍵だけ・・・。
「何にも持ってないよ。部屋の鍵しか持ってない。ウソを付くような馬鹿じゃないよ。探ぐっても良いぜ・・・」
そう答えると、彼は僕の同僚の女の子2人の方へ向かって歩いて行った。
見ると、その横には既にヘッドライトを消した車が横付けしていて、その車から飛び降りてきた仲間が、僕の同僚のバッグを奪おうとしてた。
その途端に、信じられない事に、彼女はバッグを車の中に放りこんでバッグを守ろうとした。
怒った彼が、「バッグをよこせ」とすごむと、彼女はすごすごと車の中に放りこんだバッグを引っ張り戻した。
でも、すぐ彼に渡さずに、バッグを開けて中から何か取り出そうとしている・・・。
彼が、「おい、おい、おい・・・何してるんだよ・・・早くよこせ!」と叫ぶと、彼女は
「免許証だけ・・・お願い・・・」と言う。
『Oh・・・Shxxt。彼女の運転免許証の為に俺は撃たれるのか・・・』そう覚悟した。
案の定、横付けした車の中からもう1人の仲間が、
「おめぇら、なにやってるんだよ!早いとこ撃っちまえよ、撃てったら、撃てよ!」と叫んでる。
『この(抵抗しててこずっている状況)で、しかも男が僕1人だから、もし僕が襲う側だったら、まずは僕を撃つだろうな。』
そう思った。
とりあえず僕を撃てば、状況を把握していない女どもは静かになるはず。
『僕だったら、この男(僕)を今、撃つ・・・』
そう覚悟した。
『今日で、旅(人生)も終わりか・・・』
30年間が頭の中を一瞬にして飛び交った。
『楽しい人生だった・・・』そう思えた。
『やっと終わりだなぁ・・・』なぜかそんな安堵感もあった。
自分でも不思議な位、とても落ち着いていた。
覚悟を決めたからかも知れない。
一瞬にして駆け巡った30年間の回想で、ひとつだけ心残りだったのが、
別れた前妻に、若かった僕は無理ばかり言ったなぁ・・・』
『自分の人生を投げ打って必死になって僕について来たのに、結局俺は自分の事しか見えてなかった・・・』 そう思うと、ここで人生を終わる自分が申し訳無かった。
『彼女は、僕に自分の思い通りに生きて欲しくて別れてくれたのに・・・ 』 借りを返せなかった・・・。
そう思った。それ以外の事はあまり覚えていない。
恐怖感は全く無かった。不思議な程、恐怖感が全く無かった。
ただ、自分が次の瞬間に死ぬんだという実感ははっきりと感じていた。
自分の人生があと数秒で終わるんだという事も妙に実感していた。
『死ぬ瞬間ってこんな感じか・・・』そう思った。
不謹慎かも知れないけれど、『気持ち良いもんだな・・・』とすら感じた。
運動会で完走した気持ち良さとは違った。
どちらかと言うと、レース中盤で、マシンが壊れて、「もうリタイヤするしか他になにも出来ない」と悟った瞬間の満足感と似てるかも知れない。
もう少し一般的に言うと、マラソンで、走っていて何かにつまずいて、足首を強くひねってもう走れない程転倒した時に似てるかも知れない。
(その場合は、片足ででも走りつづける人が居るから、ちょっと状況は違うかも知れないけど・・・)
走る事に目的があって、ゴールする事が目的ではなかった。
勿論、ゴールする事が目的なのだけど、走ってる間に価値があった。
「ゴールを目指して、走る」のが目的であって、ゴールそのものが目的では無かったんだと思う。
大体、ゴールなんてどこにあるのか見えないし・・・。
不思議な事に、彼女(同僚)が抵抗した事で僕が撃たれると言う事に対しては全く腹が立たなかった。
それが結構不思議だったのだけれど、考えて見たら当たり前のような気もする。
あと数秒で人生を終えると言う時には、自分が死ぬ理由や原因なんてどうでも良い事なのですよね。
自分は死ぬのですから・・・ そんな事(現実的な事)は、逆にどうでも良い事になってしまうのだと思いました。
じゃぁ、死ぬ瞬間に僕には何が大事だったんだろうって思うと、あまり良く思い出せません。
何も浮かばなかったような気もします。
僕のHPの他のページを見た人はご存知と思いますが、僕は自分でも銃を幾丁も持っています。
だから、12ゲージのショットガンで撃たれるとどうなるかが自分でも良く解っているつもりなのです。
だから、こんなにあっさり覚悟が決まったのでしょうね。
勝ち目は全く無いから・・・。 多分、普通の人にとっては、太平洋上空で自分の乗ってる飛行機のエンジンが4つとも火を吹いてるのを見た瞬間と似てるのかも知れない。
『とうとう終わりか・・・』
『楽しかった・・・』
『もう一回やってもいいな・・・』
「もう1回同じ人生やってもいいな・・・」そう思えた事だけでとても満足でした。
悔しさも、淋しさも、恐怖も、落胆も、興奮も、激しく感じるものは何も無かったような気がします。
心はとても静かに現状を受け入れていました。
多分、今までの人生の中で一番落ち着いて、静かな心を持てた瞬間だったような気もします。
自分で望んだ事じゃなかったけれど、何だかとても心地よい一瞬を味わう事が出来て、 自分の人生への評価や、死への恐怖心が無いという実感を確認させてくれて、 逆に僕は僕の人生に、あの一瞬があった事を今でも感謝しています。
結局その後どうなったかって?
10年以上経って、僕は今これを書いています・・・(笑)
彼らがなぜ撃たなかったのかなんて誰にもわかりませんよね。 多分彼らにも・・・・。
あんな事があって僕は変わったかって言うと、その前の30年間とちっとも変わってないような気がします(苦笑)
