第51話 記憶媒体

僕の頭の中では死後の世界とか輪廻(生まれ変わり)とかは、もう大前提になってしまっている。
同時に物質としての肉体を持たない[何か]の存在は僕の頭の中ではもう紛れも無い事実になっている。
まぁ、問題はそれが何なのか?なのだけれども・・・・・

それを前提としてふと考えると、
人間の記憶装置は脳のシワであって、大脳がそれらのデータ(記録)を処理してさまざまな判断や反応を続けている訳ですよね
つまり大脳がCPU機能とハード・ディスク機能を行ってる訳です。

コンピューターの場合は、物理的にCPUやハードドライブに電源が供給されていない状態(コンピューターが死んでる状態)では、そのデータ(記憶)を読み込む事は不可能だし、入力に対して反応する事も不可能な訳です。

つまり、コンピューターに日記を書いて、過去の写真とかも保存してる人が居るとします。
そのコンピューターからハードディスクを取り外してしまったら、日記の内容や古い写真を呼び出す事は不可能です。

肉体が死ぬという事はCPUも止まるのだろうけれどそれはさておき、脳のシワに記録されている映像も思い出も自分の名前も家族の名前も生まれた町の事や生前に住んでた家の事も、それら全部は死んだ脳のシワに置いてきてるはずです。

物理的に死んだ肉体から抜け出した霊体のどこにそれらの記録(記憶)が保存されているのでしょう?
もう脳(記録装置)は無いのですから・・・・・

霊体験の多くは生前世話になった人や家族・親戚、あるいは生前恨みを持っている人の所へやって来たり、亡くなってからその地に現れては出会う人を怖がらせたりしている霊が多いようです。
つまり、霊は生前の記憶を持っているわけで
(そうでなければ、親戚や家族なのか赤の他人なのかわからないはずです)
しかも、生身の人間に何かを伝えたり、その動きや感情に反応したりする事が多いようです。
先祖(おじいちゃんとかおばあちゃん)が自分を見守っていて、何かのアドバイスをくれるというケースも良く耳にします。

つまり、その場合(例えば亡くなったおじいちゃん)の記憶媒体は何なんでしょう?
おじいちゃんに「孫が危険だ・・・」とか「孫の顔を見たい」とか感じさせている(考えさせている)CPUは決して生前の大脳ではないはずです。
多分、そんなものはもう火葬場で焼かれてしまって煙と灰になってしまっているはずです。
脳(記録媒体)が無いのに、孫の顔やその孫がどこに住んでいるのか覚えているのでしょう?

前世の記憶を持っているという人も世の中には結構沢山居るようです。
(最近は退行催眠で自分の前世を探るというのも随分はやっているようです)
催眠でどんどんと昔の自分に戻って行き、しまいには赤ん坊の時の自分、そして生まれる前の自分にまで戻るというのが退行催眠のようですが、少なくとも赤ん坊の時の自分の記憶までは大脳に記録されていると思いますから、そこまでを催眠で誘導してアクセスする事は可能だと思います。
じゃ、さらにその前まで退行して自分が生まれる前(今の大脳が物質化する前)の記憶は、どこに保存されているのでしょう?
今の自分の大脳が物質化する前の記憶が今の大脳のシワの中に書かれているとは思えません。
つまり、コンピューターをそっくり新しい物に買い換えたのに、新品のコンピューターのフォーマット済みのハードディスクに古いコンピューターの時のデータが(物理的に)書かれているはずがありません。

幽体離脱という現象も有るようです。
物理的な大脳(記憶装置)は肉体の方に置いてきています。

世の中に何万人もの大ウソツキや大ほら吹きが居て、あるいは世の中の霊体験をする人達が全員思いこみの激しい自己暗示にかかりやすい人と決め付ける以外は、どう考えても霊は存在すると判断する方が自然に思えます。
(ただし、全ての霊体験が本人が感じた通りの超常現象であるという訳ではないと思います。中には勘違いや普通の自然現象や、思い過ごしも沢山あると思います)
そして世の中の前世の記憶を持つ全ての人達が自己暗示にかかっている訳ではないとも思います。
(ただし、催眠であってしかもカウンセリングですから一部は暗示にかかってしまっている危険性もかなりあるとは思います)

前世の記憶や幽体離脱、霊現象等が有るとか無いとか嘘だとか勘違いだとかそういう論議を飛び越えて、
(現実に10万人の内の99万9千900人が嘘つきと勘違いだとしても100の事実は残るわけです。過去の数百万件の霊現象の数百万件全部が嘘つきと勘違いと決め付ける方が無理があるでしょう)
それらが実際に起きてる事だと認めると、「じゃぁ霊が持っている記憶はどこにどうやって書かれているのだろう?」「霊はその記憶にどうやってアクセスしているのだろう?」
そう考えて見ると、記憶媒体と判断能力(演算装置)は決して大脳だけではないという事になると思うのです。

確かにコンピューターにもメモリーという電気的な記憶装置があって、それは電源を切ると全て消えてしまう記録なのです。
磁気板という物質に磁気で書きこむという形で記憶しているのがハードドライブ
光の反射を利用しているのがCDな訳で、
コンピューターの世界ではメモリーの電気的な記憶装置は一時的なものであり、クラッシュしたり再起動したりすると消えてしまうので作業中はなるべく頻繁にハードディスクに保存したり、ハードディスクのデータはハードディスクが物理的に壊れた時の事を考えて、CD-Rやテープ、MO等に頻繁にバックアップを取って置くようにというのが常識になっています。

ハードディスクやCDに書かれたデータは物質が消えるとそのデータの再生は不可能ですが、
(例えばHDを15階の窓から落とすとか、CDを焼却炉でトロトロに焼くとか)
メモリーの電気信号を電気信号のままで保存する事が出来たら
(物質に書き込むのではなく、空気中に無味無臭でその電気信号のデータが拡散せずに漂う事が出来るなら)
空気中に漂うその無味無臭非物質のメモリーのデータが物質的な記憶媒体(他人の大脳)に移植する事は可能だと思うのです。

物質に頼る世界に住んでるうちは、電気信号のメモリーは電源を切ると消えてしまう不確かな記憶媒体であり、大事なデータはハードディスクに保存する事が大切と言われていますが(実際に僕もそうしてます)考え方の違いで(科学の進歩状況によっては)物質に記録したものは物質が破壊されると再生不能で、空気中に漂う電気信号にして保存したら半永久的に継続できるという時代が来るのかも知れないと感じています。

そして、きっとそこまで科学が進んだら霊の記憶媒体や前世の記憶がどこにどうやって保存されて伝えられてるのかも解明する時代になっているだろうと思っています。

もっともそれまでは僕もいつコンピューターがクラッシュしてもデータが飛ばないように時々ハードディスクに保存しながら書く訳ですが・・・・(笑)

 

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