第66話 ザル
65話でコップの水の事を書いたんですが、BBSで知り合ったある方が
「僕は、ザルだと思っていたんです」とおっしゃるんです。
「ザルだとテーブルの上に置いたら水がこぼれちゃいますよね」って聞くと、
彼のイメージは、バケツの中にザルをつける(沈める)んだそうです。
中には目の細かいザルや目の粗いザルがあって、
水が外界(ザルの外)と行ったり来たり出来るザルや、ザルの外とは水が行き来出来ない目の細かいザルもあるということなんです。
(もちろん、すべてイメージの上でですよ♪)
確かに、生きてる間(ザルやコップに入っている間)に、他のザルの水や、バケツの水(原点?)と交流が出来るとすばらしいなとも思います。
預言者と言われたノストラダムスとか、神の子と言われたキリストとかだけじゃなくて、中の水が自由に行き来出来るザルの人もきっと世の中にはたくさんいるんだろうなぁと思います。
でも、僕の身近にザルの人が居ても僕自身がコップの水でしかも密閉された黒いマグカップか何かだったらそんな人とも中味の行き来は出来ないんだろうなって思うんです。
コップ(ザル)が壊れてバケツに戻った時に、「あれっ?俺自身っていったいコップだったのか、水だったのか?」って驚かないように、やっぱりテーブルの上にいる間に少しでも通気性を良くしておきたいもんだなぁって思います。
そうそう、だから僕は『ある特定の人間の生まれ変わり』という意味での前世もあまり信じていないんです。
前世があるであろう事は信じていますし、輪廻転生が(ある程度の期間)続くであろう事も信じています。
でも、「僕はある特定の人間の生まれ変わりなんだろうか?」と考えた時に、どうも「そんな事ってあるだろうか?」って思っちゃうんです。
『生まれ変わりがあるんだろうか?』って事じゃなくて『特定の人間(魂)の生まれ変わり』ってあるんだろうか?って事なんです。
「霊は個だろうか?」って事なんですが・・・。
霊(魂)って、煙や水のように個(個体)では無いような気がするんです。
密閉された袋やコップの中に閉じ込めたら、その間だけは他と遮断された個であるような気がするんですが、袋が破れたりコップが壊れると、もう個ではないような気がします。
煙を他の煙と遮断して特定の個にしておくには密閉された袋に詰めておくしかありません。
でも、その袋が破れたらさっきまで袋の中にあった煙も、他の部屋から流れて来た煙も、あるいは窓から入って来た外の空気もみんな一緒になっちゃうじゃないですか・・・。
それをまた集めて袋に詰め直すことなんて出来るのかなぁ?
コップが壊れて(袋が破れて)中味だけになっても他の煙(や水)と混じり合わないほど、霊(魂)ってそれぞれ個性が強いんだろうか?
僕がアメーバだとして、半分に切られたらどっちも僕です。
半分に切られたAが僕で、残りの半分Bは別な僕ではなくて、どっちも僕だと思うんです。
僕が水なら、こぼれた1滴の水もコップの中に閉じ込められている水も、どっちも全部が僕だと思います。
だから、『僕は過去にXXだったAさんの生まれ変わり』ではなくて、Aさんの一部もBさんの一部もCさんの一部も・・・Zさんの一部も少しずつ混じり合って新しい個としてテーブルの上に乗っているコップだと思うんです。
僕の前世を探ると、嘉永XX年にお百姓さんだった与太郎さんの記憶も、江戸時代にお侍さんだったXX左衛門さんの記憶も、開拓時代に騎兵隊と戦ったスー族のローンウフルさんの記憶も、同じ時期にインディアンと戦った騎兵隊のスミス部隊長の記憶も出て来てもおかしくは無いような気がするんです。
だって、僕が僕の体に閉じ込められているいるのは今だけなんですから・・・・
一適の水の僕が海に戻ったらもう『僕』ではなくて、『海』そのものだと思うんです。
海から風に吹かれて陸に飛ばされた水滴は、誰か特定の水滴の生まれ変わりじゃなくて、海の一部だと思うんです。
僕は海そのもので、きっとあなた(これを読んでるあなた)だって海そのものだと思いませんか?
チョコレートのかけらと違って、海にはかけらも全体も無いはずなんです。
あなた(僕)の前世の記憶は、きっと誰か特定の人の記憶じゃなくて、海そのものの(人類そのもの)の記憶がしまいこまれていてもおかしくはないと思うんです♪
