第76話 自分とは?
75話で、未来からタイムトラベルしてやってきたジョン・タイターの事を紹介しました。
巷では彼が本物なのか大嘘つきなのか、タイムマシンは科学的に実現可能なのかどうか、彼の予言は当たるのかどうかといった論議が展開されているようなんですが、僕はそのどれにも興味は無いんです。
でも、ジョンタイターにはとても興味があります。
と言うのは、彼の時代(2036年)のタイムマシンで時間を越えると、数ある平行世界のうち自分の世界に近い(でも同一では無い)どれかの平行世界上の過去にたどり着くのだそうです。
多分、技術と科学が向上したら、自分の世界線上の未来や過去へ時間移動する事が可能になるのかも知れませんが、2036年の時点では時間移動をすると同時に世界線も越えてしまうようなのです。
コンピューターで計算して、時間移動の際の世界線のずれを最小限にする努力は行っているようですが、いずれにしても時間移動の際に世界線は越えてしまうようです。
一旦1975年に移動して自分の祖母に会って目的のIBM5100型を入手したタイターは1998年にやって来て自分の両親(多分自分よりも若い両親)のところを訪ね、幼少の(もう一人の)John Titorを含めた4人で生活していました。
つまり、2人のタイターが同時に存在し、一緒に生活していたわけです。
これは、無数にあるパラレルワールドAのジョンタイターとパラレルワールドBのジョンタイターが同時に存在して一緒に生活していたわけですが、タイターの例の場合は38歳のジョンタイターと2歳のジョンタイターが一緒に生活していたわけですから、年の離れた兄弟か甥っ子と叔父さん程度の感覚で接する事が出来るのではないかと想像できます。
ところが、仮にタイムマシンで2時間だけさかのぼって同時に世界線軸も越えた場合、2時間前の『もう一人の』自分と遭遇する事になります。
タイムマシンの制御装置で、世界線のズレは最小限に抑えられていますから、2時間前の自分もこちらの自分と限りなく同一の経験をしてきた自分で、2人は限りなく近い経歴や経験を持った限りなく近い人格の人物であろうと思えます。
勿論、姿・形は全く同じと言っても言いと思います。
極端な例だと、タイムトラベルで99.99%類似の世界線上の2秒前に時間移動したと考えると判りやすいかも知れません。
そこで会う(もう一人の)自分は、知識も経験も肉体も多分人格も限りなく自分に類似した自分と言えるように思えます。
でも、その自分は自分では無いんです。
なぜなら僕が本当の自分だから・・・・。
あっちの自分は、考え方も人格も肉体も癖も親も兄弟も友達も特技も僕と全く同じ、でも別人なんです。
そう考えると、『自分』って僕のどの部分なんでしょうね?
