第85話 報道の不思議 続編
昨日(3/10/2009)は、新聞やテレビは田口八重子さんの家族と金賢姫さんが韓国で面会したニュースでいっぱいでした。
また呼称がとても気になってしまいました。
ネットで見る事が出来るTBSニュースと読売新聞、朝日新聞は、一貫して金賢姫『元死刑囚』で通しています。
サンケイ新聞は同じ記事の中で『元死刑囚』と『元工作員』との二種類の呼称を使っていました。
北海道新聞は『元工作員』一本立て。
公的報道機関としては犯罪者もしくは犯罪者の嫌疑がかかっている人物に敬称を付けるのは社会通念上好ましくないのは判ります。
三浦一義さんと敬称を付けられない、でも呼称として『三浦無職』と呼ぶわけにはいかないので、三浦の後ろに何かを付けなくては格好がつかないのは判ります。
(ただ、日本では無罪だったけれど米国の法律上『別の容疑で』逮捕された三浦一義氏は、なぜ三浦容疑者ではなくて三浦元社長なのかが不明ですが・・・あくまで日本で無罪でもアメリカでの逮捕理由は別の嫌疑ですから、彼はやはり『容疑者』には違いないはずです。本人はあくまで無罪を主張しているという事であれば、全ての『容疑者』に言える事だとも思えます。なぜ全ての報道機関が三浦一義だけを『容疑者』ではなくて『元社長』と呼び続けたのでしょうね?会社勤めをしていた頃、現役を引退した『元社長』を実際に山田元社長なんて呼んだらみんなに笑われるどころか常識を疑われてしまうと思います)
今回は、ほとんどの報道機関(道新を除く)が金賢姫さんを『元死刑囚』と呼んでいました。
報道内容が大韓航空爆破事件に関する報道であれば、刑が確定した後で特赦になった彼女の立場は『実行犯』もしくは『元死刑囚』だと思います。
でも、今回の報道は田口八重子さん拉致問題に関係した面会であって、大韓航空爆破事件とは一切関係無い面会なわけで、彼女は『元死刑囚』としてのアイデンティティではなく『元工作員』として田口さんご家族と面会したと思うのです。
それを日本の報道機関はこぞって金賢姫元死刑囚と書き続けたわけです。
10年位前に万引きで捕まった事がある人を山田太郎元窃盗犯とは書かないと思いますし、50年間頑張って働いても今は隠居してのんびり暮している人は、あくまで『無職』で『元会社員』とか『元農業』とは書かれないですしね。
金賢姫さんに呼称が付けづらかったのなら呼び捨てでも良いような気もします。
(『元死刑囚』よりは呼び捨ての方がよっぽど聞きやすい気もしますし、スポーツ選手や芸能人はいつも呼び捨てじゃないですか・・・)
もっとも、彼女の事をいつまで経っても『実行犯』『死刑囚』『元死刑囚』と呼ぶ事が大韓航空で犠牲になった遺族の方々に対する配慮だという事であればまた話は変わってきますが、他の報道を見る限りではそこまで配慮しているようには思えないです。
僕は、アイデンティティはその時その時の立場によって変化するものだと思うんですね。
それぞれ、『母』というアイデンティティや『妻』というアイデンティティ、『会社員』というアイデンティティ、場合によってはもっと詳しく(単に会社員ではなく)『経理部長』であったり、『人事部長』としてのアイデンティティが重要な場合もあると思います。
同様に、容疑者であったり暴力団組員とか、アイデンティティは立場によって変化するものであるという事を認識しなければ、『人』を理解する事は難しいと思うんです。
そして、それは同時に『自分』を理解する事も難しくしてしまうという事も言えると思います。
報道は毎日のように目にするもので、その表記の仕方は知らず知らずのうちに自分にも強い影響を与えてしまうと思えるんです。
今回の拉致被害者家族と金賢姫さんの面会の報道で、彼女の事を元死刑囚と見るか元工作員と認識するかは、決して他人事じゃなくて、自分は
単に都築純なのか、都築純元日本人なのか、都築純社長なのか・・・という、自分自身のアイデンティティを認識する時の意識にも影響してくると思うんですね。
まして、『元』なんて付けると、前世との関わりだって考慮しなくちゃいけない時代がいつか来るかも知れませんし・・・・(笑)
