第89話 義理と人情の話
今回のテーマは義理と人情なんですが、考えてみるとなぜこれが不思議な話になるかという事自体が不思議な事かもしれません。
前にも書いたのですが、僕は若い頃にヒッチハイクであちこちを旅していました。
これって、結構心細いんですよ。
背中に背負ったバッグに全財産を詰めて、国道沿いで車が止まりやすくてかつ目に付きやすい場所を探して長距離トラックが来るのを待ちます。
何台も何台も止まるそぶりも無く通り過ぎられて、でもじっと次のトラックを待ちます。
人間の心理って不思議なもので、そうやって何時間も経つと、つい先へと歩き始めてしまうんですね。
人間の足で歩いたところで進む距離は知れています。
せっかく選んだその場所を離れると、車が止まりづらかったり、せっかくトラックが来たのに目に付かなかったりと、逆に条件は悪くなっちゃうんですよね。
でも、来る車みんなに親指を上げてるのに何時間経っても一台も止まってもらえないと、やっぱりつい歩き出しちゃうんです。
排気ガスが充満する蒸し暑い夜だったり、冷たい雨がバッグに浸みて荷物が濡れないようにと自分が着ているコートをバッグにかけたり・・・・冬の東北や北海道で夜中の吹雪の中でたった一人「俺、このまま死んじゃうのかな?」という恐怖におびえた事も時々ありましした。
そうやって夜の国道をトボトボと歩いていると、後ろからトラックの音が聞こえてきます。
トラックはエンジンの音よりもタイヤの音の方が大きいんです。
ゴーッと独特のタイヤの音を響かせながらトラックが近づいて来ては、赤いテールランプが遠ざかって行きます。
たまに、通り過ぎてからブレーキランプがパッ、パッと2〜3回点灯する事があります。
真っ暗な国道で人が歩いているなんて思わないから、通り過ぎる瞬間に一瞬だけ僕が見えるような事があって、通り過ぎたトラックは「あれっ?今の何だった?人か?」なんて感じで、2〜3回ブレーキを踏んで減速する事があるんです。
その時も、福生から北海道へ向かってヒッチハイクしていました。
16号線からはうまい具合に宇都宮まで乗せてもらったんですが、宇都宮郊外からはもう何時間も一台も止まってくれなくて、すっかり真っ暗になっていました。
「今日はこの辺で野宿かな・・・」と半分諦めながらもトボトボと4号線を歩いていた時に、後ろからゴーッとトラックのタイヤがうなる音が近づいて来ました。
親指を立てて立ち止まっている僕を通り過ぎたトラックのテールランプが小さくなって行きます。
半分は諦めていたので、またトボトボと歩き始めた時に、プシュッ・プシュッとトラック独特のエア・ブレーキの音が聞こえました。
そして遠ざかって小さくなっていたテールランプが真っ赤に明るく光ってブレーキ・ランプになっています。
しかも、左にウインカーが点滅しているんです。
僕から200メートル以上前方で、そのトラックは道端に止まってウインカーを上げていました。
その頃の僕は知らなかったんですが、大型トラックはブレーキを踏んでもすぐには止まれないんです。
はるか彼方で止まっているトラックのウインカーを見ながら、「俺の為に止まってくれたのかなぁ? でも、それにしてはずいぶん遠いよなぁ・・・」と半信半疑でトラックに向かって歩き続けました。
ウインカーは相変わらず点滅したままです。
「俺の為に止まってくれたんだ それしか考えられない!」そう思うと、重い荷物を背負ったままで駆け出していました。
ほんの200メーターほどなんですが、夜通し歩き続けてお腹も空いているし、疲れているし、背中の荷物は重いし、そんなにキビキビとは走れません。
「お願いだから、ウインカーが右に変わって走り出さないで!」 祈るような気持ちで左に点滅しているウインカーを凝視して走っていました。
助手席のドアの下までたどり着いて立ち止まると、無言でドアが開きました(もっとも、どんなドアも無言ですが)。
でも、なんだかドアが自動で開いたみたいな感じでちょっと違和感があったんです。
車輪に足をかけ手すりに掴まってよじ登ろうとしたんですが、背中の荷物が邪魔でうまく乗り込めません。
背中から荷物を降ろして座席の上に置こうと両手で押し上げると、バッグは上から引っ張られて助手席に消えて行きます。(大型トラックの座席は僕の目の高さより高いところにあります)
身軽になった僕が手すりに掴まりながら助手席へよじ登ってドアを閉めると、無言でギアを入れ、右のミラーを見ながらウインカーを上げてトラックが走り始めます。
多分、30代半ばの中肉中背で、角刈りのちょっとハンサムな運転手さんでした。
1速から2速へ2速から3速へとギアチェンジを繰り返し、ある程度車速が落ち着いたところで、「どこまで行く?」初めて運転手さんが口を開きました。
「あっ・・・あの・・・北海道まで・・・」
「俺は八戸までだ・・・」 まるでひとり言のように顔は前に向いたままで僕の方へは向けていません。
「じゃ、八戸までお願いします」
返事はありませんでした。
多分、返事をする必要はないと思ったんでしょう。
しばらく走ると、トラックが国道から外れて街道筋のドライブインに止まりました。
「飯、食うぞ」
僕にはドライブインで晩御飯なんて贅沢をする余裕はありません。
「あの・・僕・・・・・ここで待たせてもらって良いですか?」
「物が無くならんように、カギかけるからお前も降りろ」
「あ、はい・・・・」
砂利敷きの駐車場から運転手さんについてドライブインへ入ります。
街道筋の長距離トラック向けドライブインにありがちな、奥の小上がりに二人で座ります。
運転手さんが畳の上に散らばっている雑誌を一冊手に取った時にウエイトレスさんがやってきました。
「何食う?」
雑誌に目を落としながら運転手さんが僕に尋ねます。
慌てて壁に書いてあるメニューの値段表を見ると、一番安いのは掛そば・・・・・
「僕・・・掛けそばにします」
運転手さんは顔を上げて、初めて僕の顔を見ました。
「お前なぁ、腹が減ってちゃ旅なんて出来ねえぞ!カラダ壊しちゃ元も子もねえだろ。掛けそばなんかじゃ腹いっぱいにゃならねぇから・・・・・カツ丼で良いか?」
そう言うと、僕が返事をする前に運転手さんはウエイトレスさんに
「こいつにカツ丼で、俺はコーヒー」と言うと、「はーい」とウエイトレスさんが元気いっぱいでカウンターに戻って行きました。
「食べないんですか?!」
「あぁ、俺はコーヒーだけで良い・・・・食うと眠くなるしな・・・」
それって・・・自分はお腹が空いていないのに、道端で拾った見ず知らずの僕にご飯を食べさせる為にわざわざこのドライブインに寄ってくれたと言う事・・・・?!!
僕がカツ丼を食べ終わると「良し、行くぞ!」とテーブルを立つので、僕が「あのぅ・・・」と言うと彼は歩きながら「心配するな、もう払ってある」
僕には目の前の状況がにわかには理解出来ずに彼についてトラックに乗り込みました。
道端で拾った見ず知らずの僕に、自分は夜通し走り続けて疲れているのにわざわざドライブインへ寄って僕にご飯を食べさせて、しかも代金まで払ってくれているんです。
ホモ・セクシャルには見えないし、逆に結構女性にはモテそうな好男子です。僕を叩き売ろうにも買い手は居ないだろうし、僕から奪う物は何も無いのは一目瞭然・・・・。
「どうしてこんなに親切にしてくれるんだろう・・・・?」
それから何時間もの間、彼はまるで助手席には誰も座っていないかのように無言で運転を続けていました。
八戸市内に入る頃にCB無線でなにやら交信していた彼が「青森まで行くダンプ見つけたぞ」と言い、トラックは国道から外れてドライブインに入って行きました。
そこには既に大型ダンプカーが止まっていて、トラックから降りた僕をあごで指して「こいつなんだけど、よろしく頼むわ・・・」とダンプの運転手さんに僕を引き渡すと、彼は無言で自分のトラックへ戻って行ったんです。
その後、二度と彼に会う事はありませんでした。
青森に着くと、ダンプカーはわざわざフェリー乗り場まで行ってくれて、駐車場で何人かの運転手さんに声をかけた後で一人の運転手さんと一緒に僕の方へ戻って来ました。
「こいつは荷台に釣りボートを何艘か積んでるから、フェリーに乗る時にこいつの荷台のボートの中に隠れて乗り込めばただで函館まで行けるからな。フェリーが出航したら後は勝手にすれば良いし、降りる時は他の客と一緒に歩いて降りれば良いさ」
.
どうして見ず知らずの僕にみんなでこんなに親切にしてくれるんだろう?!って・・・思いません?
勿論、この時だけじゃ無いんですよ。
ある時、函館から札幌へヒッチハイクしていました。
ホタテを積んだ4トントラックが虻田町まで乗せてくれて、虻田町へ着いたのはちょうど昼時でした。
20代後半か30代前半の運転手さんが「おぉ、ちょうど昼だな。ホタテを運んでるトラックに乗って虻田に来てホタテ食わないでどうする?」と、どうやら行きつけらしい街の食堂へ連れて行ってくれてホタテチャーハンをご馳走してくれたんです。
食べ終わった僕が「あの・・・荷降ろしとか、何か手伝える事ありませんか?」と言うと、笑いながら
「若いのに気ぃ使うなよ! いつかよ、お前が出世して金持ちになったら今度はおめぇが俺に何かご馳走してくれりゃ良いさ」と言うのです。
僕も彼も、僕らは二度と会う事が無いだろうという事は判っています。
他にも「荷降ろしを手伝います」とか「せめて窓拭きでもさせて下さい」と言った事は何度もあるのですが、その度に「素人に手伝ってもらって怪我でもされちゃたまんねぇから、車で待ってろ」とか「おめぇが拭くと返って汚くなるから触んな。トラックの窓拭きは難しいんだぞ」なんて言われたりで、とにかく旅をしていた頃の僕は他人からの無償の善意と好意とで包まれ続けていました。
勿論、これは『僕だから』ではなくて『彼らだから』見ず知らずの僕に無償の善意が振り注がれたのだと信じています。
普通に生活していると、これらの無償の善意を受けると不思議な事だと思えませんか?
これって、不思議な事なのだろうかそれとも当たり前の事なのだろうか確かめる為に、僕はその後数年してから長距離トラックの運転手を始めました。
二度と会う事の無い彼らに恩返しをする為には、今度は自分が誰かに無償の行為をする事でしか恩は返せないと思ったのももうひとつの理由です。
勿論、彼らの男気を見て「カッコ良い!」とあこがれたのも理由のひとつですが・・・・
僕は、日本で長距離トレーラーの運転手を何年か続けました。
そして、この二度と会う事の無い見ず知らずの人に対する無償の行為は、決して不思議な事ではなく当たり前の事なんだという事が判ったんです。
人間は、見返りを計算した行為だけをするようになると、何かが『当たり前』じゃなくなり始めるようにも思えます。
当たり前の行為を続ける事で、当たり前の生き方が続けられるような気もするんです。
今ちょうどメリル・リンチやAIGなど政府補助を受けてやっと倒産を免れている金融会社幹部の高額ボーナスが大問題になっています。
世の中では思った以上に大勢の人が当たり前の事を当たり前に感じなくなって来ているのでしょうか・・・・。
