第94話 天国を旅するスーザンの不思議
最近、(遅ればせながらという気もしますが)『天国を旅するスーザンからのメッセージ』ハリエット H カーーター著 を読みました。
『地球の』アセンションの不思議という『不思議』もあるのですが、とりあえずこの天国を旅するスーザンからのメッセージは、僕にとっては何も不思議は無く、いたってすんなりと読み進められる本でした。
と言うよりも、職場の同僚と「あそこのホテルってさぁ・・・ちょっと膨らんで入らないと曲がれないよね」とか「俺、あのレストランへ行く時はいつもすぐ裏のスーパーの駐車場で待ってるんだけど・・・」「そうそう、俺もそうだよ!」などと世間話をしている時と同じ感覚だったというか、誤解されるのを覚悟で書くと、まるで自分が書いたのではないかと感じるほど、ある意味で目新しい事は特に無かったと言うか、「知りたいのはその先だよ・・・」みたいなジレンマを感じるほどでした。
だから、僕にとっては『天国を旅するスーザンからのメッセージ』は、『不思議な話』ではなくて、いたって『当たり前の話』だったわけです。
ところが、スラスラとページが進んでいたのが、第四部(第十五章)になってからドスンとぶつかって「うん??」となかなか先へ進まなくなったのです。
言葉遣い(単語)も内容も、まるで別な人が書いているような、別な本になってしまったような、そんな感じになって非常に違和感だらけで先へ進めなくなったんです。
例えば、それまでは一貫して「私たちの世界」や「ここでは」「非物質世界」と「あなたたちの世界」「物質世界」だったのが、急に「地球」や「宇宙」や「他の惑星」になるんです。
確かに、前章でも時々「地球」という言い回しはしていたんですが、これほどまで3次元=地球、高次元=宇宙という内容では無かったんですね。
それが急に地球=3次元、宇宙=高次元(5次元)となり、しかもなんとなく上から目線での文章に変わってくる・・・。
僕が読んだのは訳本だったので、原文ではどうなっているんだろうと、いま英語版を取り寄せ中なんですけど増刷していないのか、アメリカでは中古本しか市場にないんです。
さて、地球=3次元、宇宙=5次元になぜそんなに違和感(不思議)が有るかと言うと、スーザン自身も「3次元からは5次元が見えない」と何度も書いています。
「あなたたちに私が見えるようにするには自分の周波数を落として、自分を3次元に近づけなければならない」
つまり、3次元の地球から『見える』月や火星や金星や冥王星は・・・3次元なはずです。
同時に5次元の月や金星や冥王星もあるかも知れません(多分あるでしょう。あっても無くても良いんですが)
『地球』を『自分』に置き換えてみると、3次元に居る自分から見える・触れる事が出来る・存在を認識出来る対象で、何よりも自分(たち)と同じ直線的な時間軸上で推移している物体は、同じく3次元上に存在するものと認識して良いのではないかと(僕は)思っています。
であるなら、3次元上の僕(たち)の目から見え、同じ時間軸上で規則的に推移している『宇宙』はやはり3次元上での宇宙だと思うのですよ。
5次元の宇宙というのがあるのかどうか・・・は、またちょっと難しい問題になって来るような気がするのでまた後にします。
(時空の制約の無い『あちらの世界』に居るスーザンが金星や木星を見る時には望遠鏡を使うのかどうか?・・・笑・・・。想念の世界で赤い月や青い太陽を創り出す事が出来るその世界で、『宇宙』という『存在』はあるのかどうか? つまり、海や丘はスーザンの想念が作り出したモノで、その海が青くなったり緑になったり荒れたり穏やかになったりするのもスーザンの想念です。であれば『宇宙』も同様にスーザンの想念によって自由に変化するはずだと思いませんか? 地球・宇宙というのはあくまで『物質世界』でのくくりだと思うんです)
これは、『地球の』アセンションの不思議という不思議に繋がるんですけど、とりあえず今回は天国を旅するスーザンからのメッセージで、なぜ最後の章で突然スーザンが別人のようになってしまったのか? まるで人が変わったかのように前に言ってた事と矛盾する内容になったのか・・・・が不思議で仕方ないのです。
天国を旅するスーザンからのメッセージを読まれた方で、僕と同じく第15章に入って突然違和感を感じられた方は居ませんでした?
お便りでも頂ければ嬉しいです。
